25-40 来年は午年で、うまくいきたいです

1. 来年は令和8年(2026年)で午年
 来年は午年(うまどし)で、日本では西暦に合わせて、1月1日から始まります。
 午は、十二支の七番目です。午年は、12年に一度回ってきます。
 午月(ごげつ)は、概ね6月(旧暦の5月)です。
 一日は午前と午後に二つに分かれますが、午(うま)の刻は11時から13時までの2時間です。
 12時を正午と呼びます。
 太陽は、東から昇り、正午過ぎたら西に傾き沈みます。よって、午には、物事の最盛期を表わす意味が含まれているかも知れません。
 午の方位は、南です。

 日本でも、行事の場合には旧暦の月日を西暦に置き換えるものがあります。
 三月三日は、ひな祭り。
 五月五日は、端午の節句で、こどもの日。
 七月七日は、七夕祭り。

 また、旧暦は月の満ち欠けに関係があります。
 中秋の名月は、十五夜の月とも呼ばれ、旧暦の8月15日の夜に見える月のことです。

2. 午年の午は馬を象徴する
 午は発音の同じ馬に象徴されます。
 馬は、昔から農耕馬、乗馬、輸送馬、流鏑馬の馬、競走馬など人間の生活に深く関わり、力強さ・誠実さ・相性・経験などを象徴する存在です。そのため、諺の中でも人生訓や人間関係の比喩として表現されています。

3. 馬に関する諺の例
3.1. 人生の不確実さ
・ 人間万事塞翁が馬
 人は、幸運や不運の予測することができません。
 寓話として「人間万事塞翁が馬」があり、その内容は「禍福はあざなえる如し」の記事を見てください。

3.2. 人間関係
・ 竹馬の友
 幼い頃からの親しい友人、幼馴染。
・ 馬が合う
 人と人の相性が合い、良い人間関係が大切だ。
・ 尻馬に乗る
 軽率に他人の言動に同調する。
・ 馬子にも衣装
 普段着が似合わない人も、良い服を着れば立派な見えることで、外見の力は大きい。
・ 馬脚を現す
隠していた本性や欠点が露見すること。
・ 生き馬の目を抜く
非常に素早く抜け目なく利益を得ることで、ずる賢さのこと。
・ 千里の馬も伯楽に逢わず
 どんなに優れた才能をもっていても、理解し評価してくれる人に出会わなければ、その人は埋もれてしまう。伯楽とは、千里を駆け続ける馬の才能を見抜く力を持っている名人。
・ 馬の背を借りる
 自分の力だけでは解決が難しい時に、人の助けや協力を得て成し遂げる。

3.3. 忠告の無駄
・ 馬の耳に念仏
 聞く耳を持たない相手にどんな忠告をしても無駄。
・ 馬耳東風
 他人の意見や忠告を全く気に留めない。

3.4. 経験の豊かさ
・ 老馬の智。老いたる馬は道を忘れず。
 この二つの諺は、意味が同じです。経験豊かな人は正しい判断ができ、困難を切り抜けることができる。

3.5. 季節感
・ 天高く馬肥ゆる秋
 秋の空は澄み渡り天が高く見え、馬もよく食べて太るので、秋の豊かさを表す。

4. 愛宕山を馬で登る
 東京の愛宕山は、NHKが日本で初めてラジオ放送を始めた場所です。現在はこの場所にNHK放送博物館があります。

 江戸時代に、愛宕山の横幅の狭い石段を馬に乗って登った人がいます。それは、間垣平九郎(まがき・へいくろう)です。
 三代将軍の徳川家光が、芝にある増上寺の参詣の帰路、「愛宕山の梅の枝を馬で登って持って来い」と命じました。
 平九郎は、86段ある急な石段を見事の見事な手綱さばきで登り、梅の枝を持ち帰りました。
 平九郎は、馬が階段の下を見て怖がるのを防ぐため、狭い石段をジグザクに登ったと言われています。
 家光は、平九郎を「日本一の馬術の名人」を讃えた。その後、平九郎は出世しまた。

 後にこの愛宕山の石段を、「出世の石段」と語り継がれています。当時は「馬術」と言うのが武士のたしなみ「芸事」でした。「芸事」が「困難を乗り越え、出世を果たす」ということから「出世の石段」の由来になったのでしょう。
 「芸は身を助ける」という諺があります。芸とは、芸術、スポーツ、囲碁将棋、ゲーム、何かに特化した専門的な事柄のことです。
 「芸は身を助ける」の意味は。一芸に秀でれば、それが認められ、生活の助け(生計)になります。

5. 2026年の自分の生き方
 2026年は、何らかの物事がうま(馬)くいきたいものですが、そう簡単に問屋は卸さないでしょう。
 よって、前年と同じように夫婦が毎日、明るく楽しく生きるよう努力したいものです。
 そして、日に日に新たな気持ちで、毎日を過ごせるように心がけることになります。
 そのため、睡眠、栄養、運動に気を付けるが必須となるようです。

 新たな目標に見つけて、元日に一年の計を立てます。