1. 考えること
学生時代、主任教授からよく考えろと、口を酸っぱくなるほど言われました。考えろと言われても、能力がなければ前に進みません。卒業研究はメンバー5名で取り組んでいました。
他人の論文を引用するとき、それが正しいのかを自分で確認しなければ使ってはならないと言われました。能力がなければ、その論文の内容を確認する術もありません。
卒研の最後報告会で、教授から合格できないと言われ、新たな課題が出されました。1週間後に再報告することでした。これに落ちると卒業ができないし、就職先が決まっているのに就職もできなくなります。
メンバーは、自分が分担している事柄から、与えられた課題の解決策を必死に検討しました。
なんとか再報告会で合格しました。教授から、「自分で良く考えて物事に取り組むように」と言うはなむけの言葉がありました。
2. 考動学
就職したら、新たな仕事や新たなプロジェクトなど多くの仕事を担当させていただきました。
その時、考えて動く、動きながら考えるという「考動(こうどう)」という造語をつくりました。
さらに、自分の能力が足りないことが多いので、通信教育などで毎年新たな課題を見つけて10年間ほど学び続けました。
これが、「考動学(こうどうがく)」という造語に発展しました。
この考動学は学問でなく、考える、動く、学ぶの三つの言葉をまとめものです。
これまでの自分の過去を振り返って、この考動学は自分が自主的に行動できる基礎的な能力だと思います。
3. 「果報は寝て待て」
果報とは良い結果や幸運のこと。「果報は寝て待て」とは、努力して為すべき事を尽くして待てば良い結果が得られるということです。
類似の諺として、「人事を尽くして天命を待つ」、「待てば海路の日和かな」、「福は寝て待て」があります。
しかし、途中で解決策が見当たらないことがあります。
その時は、脳の力を活用することが、負担を少なく、新たな発見や解決策が見つかります。
学ぶことは、不足している能力を補うには、昔は本を読んだり人に聞くことですが、最近はコンピューターの発達が著しくAIを使って学べます。
時には、解決策がなかなか見つからないことがあります。その時は、暗礁に乗り上げた課題を少し寝かせます。寝かせるとは、放置することです。その課題の解決を脳に委ねます。このことが不思議と、解決の案が突然ひらめくことがあります。脳はまさに知恵袋です。
「果報は寝て待て」です。
多分、多くの人はこの考動学や脳の活用を意識しないで行っているものと思います。
自分は、意識的に考動学を使うようにしています。そうすると、あっという間に解決できることがあります。